『親父といるだけで』 9

父は仕事関係をはじめ、地域、空手、政界、警察と、様々な人脈との交流があり、家にいる暇もありませんでした。その間の教育は、もっぱら再婚相手の若い母親に委ねられました。

しかしその母親からは、教育と言えるものを受けることはありませんでした。母性が足りないのが原因かわかりませんが、私達兄弟は心が不安定な子どもになっていました。父はそんな私達の生活態度を見て、はっと我に返ったのかもしれません。

それからというもの、心が荒みかけた私達に、父は時間を割いて接するようになります。そんな大げさなことでなく、日常の些細なことですが、それがまた嬉しかったのです。

ジョニーウォーカー黒ラベル、通称ジョニ黒。この四角いウイスキーの空瓶はいつも父の座椅子の後ろにあります。父は時間があればそれを片手に、脛と、そして握りこぶしを作って正拳をコツコツ叩いて鍛えていました。

私が家にいると、

 剛、ちょっと来い。

と、呼んで私の右手を取りこぶしを握らせ、瓶で正拳をコツコツと叩き始めるのです。次に左手、そして脛。始めは軽く、熱を帯びて痛みが麻痺すると徐々に強く打ちます。

二人とも無言。静寂な中で、コツコツという音だけが響きます。特に何も話すわけではないのですが、ただそれだけで、父といるだけで嬉しくて、心が休まる気持ちになりました。

建武館 篠田剛

2010-11-09

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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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