『正義感が褪せるもとはガムのポイ捨て 530運動』281 日本空手道建武館 篠田剛

2012-06-10

路上にはりついている黒い丸模様。
ふだんまったく気にしないで歩いていますが、それがガムです。

干からびてしまえば靴底にもつかないし有害でもないでしょうに。
なぜはがすのでしょうか…。

その理由がなんとなくわかることが、
同じ新宿の歌舞伎町でありました。
それは村田さんのキックの試合があって、
三男坊を連れて応援に行ったときのことです。

新宿駅から会場となる新宿FACEまで行く途中、
その進む先に若者が倒れていました。
心配になって背中をとんとんと叩いて声をかけると、
顔をむっくりあげてまた寝るんですね。
酔っ払いでした。
歩き始めると少し先にまたもや別の人が倒れているんです…。

そういう経験を何度か繰り返していくうちに、
助ける気持ちや正義感が褪せてくるわけです。
人が倒れていることに鈍感になる気持ちが、
何となくわかる気がして恐ろしくなりました。

何で鈍感になるのかなと思うと、
それは街の美観や雰囲気にも原因があると思いました。

人が倒れていても気にならなくなってしまうんですね。
それは歓楽街だから。
ゴミが散らかっていても気にならないんですね。
それは歓楽街だから。

地元の氷川町で倒れている人がいたら大騒ぎです。
だけど歌舞伎町のような歓楽街では、“よくある光景”。
歓楽街はそういうところ。
どうでもいいや、という気持ちになってしまいます。

割れ窓理論というのがあります。
小さな悪を見逃すとやがて凶悪犯罪を引き起こす、というものです。
「治安を回復させるには、一見無害であったり、軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみはきちんと分類して捨てるなど)」
とWikipediaにありました。

大きな犯罪を食い止めるには、
この“小さな悪”を見逃さないことにあるわけです。

考えてみれば、ガムをペッと吐くのは、
一番罪悪感のないポイ捨てですよね。
そこで、この東京掃除に学ぶ会が選んだ“小さな悪”が、
ガムのポイ捨てだったのでしょう。

靴底にもつかないし有害でもないのになぜガムはがしをするのか。
その理由が、割れ窓理論に基づくものだったのだろうなと、
思っています。
治安回復のために一番最初になすべきこととして、
選んだのでしょうね。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
コラムは毎日発信していますので宜しければ明日もまた読んでみてください。

篠田 剛 SHINODA Tsuyoshi 日本空手道建武館 館長
■私は空手の指導で役に立つ財団法人日本体育協会公認上級指導員の資格を取得、また介護予防サポーター、こころの健康サポーターの講習を受けて道場生の体と心のケアに努めています。

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※『空手のこころ』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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