『おやじの右手』 38

2010-12-16

温泉旅館に着くと、
女将さんは部屋の入口に線香をあげて両手を合わせてくれていました。

部屋に入るとおやじの顔に白い布が掛けられていました。
おやじよ…少し前に会った時も痩せたと思ったけれど、
さらに頬はこけ落ちてまるで別人のようじゃないか……

ただひとつ、
元気な頃とまったく変わっていない所がありました。
それは“拳だこ”でした。

おやじは右手の、しかも中指の付け根の部分だけ鍛えていました。
もの凄く大きな拳だこです。
いくら痩せ細っても、その拳だこだけは大きいままでした。

おやじがジョニ黒の瓶で拳を鍛えているのを、
いつも間近で見ていたので、
おやじの手の形は絵に描けるほど目に焼き付いていました。

顔や体は変わり果てましたが、
右手を見ると元気な頃のおやじと再会した気分になりました。

ああ、おやじ、とうとう死んじまったか……
深く、改めて深く、深く悲しむのでした。

建武館 篠田剛

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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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