『兄からの悲しい知らせ』 37

2010-12-15

いつの日からか、親父は温泉旅館で療養することになりました。
自宅にいれば見舞客など人の出入りが多く、
弱いところを見せない親父は
常に気を張っておらねばならず、
さぞつらい日々だったろうと思います。

私は土日を利用して旅館に寝泊まりしました。
ぬるめの温泉にゆっくりつかると体の芯まで温かくなる。
それを親父は喜んでいました。

身体は筋肉もなくなり骸骨のように痩せ細っていました。
すでに旅館の階段を上り下りできないほど衰弱していました。

しかし階段での補助以外は人の支えを断り、自力で歩いていました。
写真を撮る時もおどけて、
鼻の孔に丸めたティッシュを突っ込んだポーズをするのでした。

こんな状態になってもまだ、
私の前でも決して痛いだの辛いだの言ったこともなく、
そんなそぶりも見せません。
そういう親父を見て、私はいつか来る親父の死を覚悟しつつも、
自分の中でそれを先延ばししていました。

ある春休みの好天日。
自動車教習所に通っていた私に電話が入り呼び出されました。
所内の電話に出ると、それは私の兄からでした。
兄から出る言葉に愕然とします。

「親父が死んだよ…」

「え…」

ああ、ついに来てしまった。

「わかった…すぐ帰る」

たしかこれくらいしか電話口では話さなかったと思いますが、
教習所の事務員さんは、
「気を付けて帰ってくださいね」
と気遣う言葉をかけてくれました。

おそらく私は周りの人が察するほど気が動転したのかもしれません。

親父が死んだ。

あぁ親父。

心の中で泣き叫びながら教習所を後にしました。

建武館 篠田剛

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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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