『最後の 親父との水かぶり』 33

2010-12-11

新年早々に行われる会社の新年会。
いつの年からか、
その日の朝に、親父と二人で水をかぶる習慣ができました。

寒空の下、身を冷水で清め新たな出発を心に誓ったのだと思います。
そしてまた、祖父の代から始めたこの習慣を、
私にも継がせたかったのだと思います。

明けて正月。
いつもの正月なら心が高ぶる水かぶり。
しかし、この年は不安で不安でしようがありませんでした。

親父の体は癌に蝕まれて痩せ細り、まぶたも落ち込み、
とても尋常ではありませんでした。
そんな体になってまで、当たり前だと言わんばかりに、
水をかぶるというのです。

剛、桶を用意しな。

外はとても寒く、健康な体でも身震いするほど堪えます。
はたして、親父の体では耐えられないだろう。

とはいえ親父の心はよくわかります。
なぜかぶるか、わかっているだけに、私は桶を用意することにしました。

用意しながらもやはり無性に心配。
そこで…
その桶に、ぬるめの水をそっと入れました。
外気の差で湯気が出ないようにぎりぎりまで。
湯気が出ていれば冷水に取り替えろと言われるのはわかってますから。

ぬるめの水を入れた桶を置いて裸で待っていると、
誰の声だか、やらなくなった、と聞こえました。
よかったとホッとしながら桶の水を流して捨てた時、
それは聞き間違いで、やはりやるようなのです。

親父はこちらに向かっています。

あぁ、まずい。捨てちゃった…。

建武館 篠田剛

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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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