2010-12-08
ちょっと散歩に行ってきます。
そう言って、親父は手術室に入りました。
予定時間が大幅に過ぎて手術は終わりました。
完治は無理。
覚悟の上ながらも淡い期待は消えました。
術後の回復を待ってのち退院し、自宅に戻り療養することになりました。
継母より、親父には癌ということを知らせないでほしいとお願いされ、
その言いつけを守りました。
しかし父は我々の態度や自身の具合からも、
うすうす察していたのだと思います。
親父の闘いが始まります。
病に対しての闘いはもちろんですが、
それよりも、いかに最期まで毅然とふるまえるか。
折れそうになる自分の弱気な心との格闘に、親父は挑んだのだと思います。
それは、おのれのため、というよりも、
私たち子どもに授ける体を張った教育、
命を懸けた最後の教育、だったのだと思うのです。
建武館 篠田剛
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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。