2012-09-28
あのときは高校3年生だったかな。
おやじの会社にふらっと立ち寄ったときのこと。
俺の前でおやじが、
“ちょっとかかってきな”
という感じでさっと構えた。
なんでかは言わないけれど、
“おまえがどれだけ上達したか見てやる”
ということだとすぐにわかった。
俺も応じて構え、組手のようにパッと素早いワンツーを出した。
右の拳がおやじの鼻頭にちょっと触れたのがわかった。
当時は伝統派で寸止めだったので、我ながら巧い攻撃だった。
おやじは笑顔で片手を持ち上げるなり、
後ろを振り向いて去って行った。
“よく上達した。これでOKだ”
おやじの表情から、そんな言葉が読み取れた。
思い出すと、小学生の頃、試合前になると、
いつも俺を道場に呼んで二人で稽古をしたもんだ。
稽古といっても、会社でやったような二つ三つ、組手をやるだけだ。
いい技を出すと、今のは良かった、と言って終わるんだ。
おやじと組手で対峙したのは、会社でのあれが最後だったな。
そのあと、癌にやられて逝ってしまったんだ。
小学生の時のおやじは、
“大丈夫、おまえは明日の試合に勝てるぞ”
だった。
あの時のおやじは、
“もう思い残すことはない”
だったんだろうな。
篠田 剛 SHINODA Tsuyoshi 日本空手道建武館 館長