『人情の機微』111

2011-04-03

地元の後輩、本澤は運送会社を経営する苦労人。
人情の機微というものを知っている男です。

少年部は伝統派、大人は直接打撃。
私はもともと少年部だけを指導していました。
大人は館長が指導をしていました。

ある日館長より、大人の指導もやってほしいという話がありました。
しかし技術の継承を任された立場にいる私は、
大人に直接打撃の指導はできませんでした。

宗家を託された私の気持ちは誰にもわかるまい。
そう思っていました。

そんなある日、
「みんなで寸止めの試合に出ましょう!」本澤が提案します。
本澤が声をかけた有志が地元の試合に出場することになりました。

少年部しか指導していない私のもとに、
本澤らが教えを乞いに来たのです。
大人は直接打撃、という不文律を破って私の懐に飛び込んでくれました。

それから月日が経ちました。
その後もあいかわらず会社の業績は振るわず、
厳しい情勢が続いていました。
これ以上悪化すれば道場の存続すら危ぶまれます。

本澤は私を近くの酒場に誘います。
そして私に、
「月に1度、みんなで金城先生のお宅に型を習いに行きましょう」
と言うのです。
つまり、
研修会を辞めたとしても、先生と私との師弟関係は続く
ということです。

たとえそれが方便だとわかっていても、
私はそのことばに救われる思いがしました。

この一言で私の頑なな気持ちが溶け出しました。
肩の荷がふっと下りたように、
張りつめた気持ちが緩んで、思わず涙が出てしまいました。
本澤の心に触れて久しぶりに泣いてしまいました。

酒場をあとにした私は涙が止まりませんでした。
涙が止まるまでは家には帰れず、
自宅近くの駐車場に停めてある車の中で一人泣いて、
泣いて、
泣き終わってから自宅に帰りました。

そして、女房に研修会を辞める決意を話しました。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
コラムは毎日書いていますので、よろしければ明日もまた読んでみてください。
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篠田 剛 SHINODA Tsuyoshi
日本空手道建武館 館長
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※『おれの半生』は2010年9月~2012年9月にマイベストプロ東京で公開した『館長コラム』を転載したものですので、掲載している記述は執筆時点のものであり現況とは異なることもあります。

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